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2013年11月23日

[映画]「子宮に沈める」

緒方貴臣。日本。2013年。
公式サイト:http://sunkintothewomb.paranoidkitchen.com/
(※音声注意、埋め込み動画あり)

公開中の映画なので、まずはあらすじと簡単な感想だけ。

大阪で2010年に起きた2児放置死事件を基底として、
親による育児放棄を「孤独感」という観点から描いた作品。
「暗い」映画というよりは「重い」映画で、
見るのがだんだんとつらくなるけれども、それでも、見てよかったと思う。
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以下、内容のネタバレ。
まだ公開中の映画なので、一応、白文字で書きました。
読まれる場合は、文字色を反転してお読みください。

白文字部分をドラッグ選択したり、
もしくは、Winなら「ctrl」+「A」、Macなら「command」+「A」で、
全体を選択することで、文字色を反転させることができます。
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なぜ、見るのがだんだんつらくなったか。
それは、「上げて落とす」タイプの作品で、
最初のうちは登場人物の「幸福」そうな様子を描いているのに
だんだんと「不幸」の影が全体を支配するような作りになっていたからだ。

この作品では、
「育児放棄を引き起こすのは誰なのか」という問いは立てられていない。
提起されるのはむしろ、
「育児放棄を引き起こすのはなのか」という問いである。

この作品の場合、
自分の子供を放置して死なせるという結果を生んだのは
母親のせいであるけれども、全部が全部母親が悪いわけではない。
この事件の発生は、
子育てに一切関知しない(ように見えた)父親も遠因であり、
子育てをする親を支えるための公的サービスが不充分であったことも遠因である。
事件の原因は1人だけに、あるいは1つだけに帰されるのではない。
いろいろな要因が複合的に絡んだ結果、事件が引き起こされた。
少なくとも私はそう思う。

心理面、感情面で言えば、
(子供だけでなく)親の「孤独感」を和らげることができていれば、
この事件は起こらなかったかもしれない。
誰もが孤独に耐えられるほどの精神の強さを持っているとは限らないし、
誰もが他者に頼れる環境にあるとも限らない。
だからこそ、「孤独感」を無視してはいけないのだ。

映画では、次子である長男が先に餓死し、
長子である長女は、母親が帰宅した際に
水を張った浴槽の中で溺死させられる(ように見える描写であった)。
母親だって本当は子供たちを幸せにしたかっただろうし、
自分も一緒に幸せになりたかったことだろう。
母親が行った行為は許されるものではないだろうし、
少なくとも子供に対する償いは必要であるとは思う。
けれども、だからといって、周りの人が過剰に母親を責めるのはダメである。
この手の事件が今後起こらないでほしいと本当に望むのであれば、
「孤独感」を緩和できるシステムとはどういうものか、
そのシステムを実際に運用するにはどうすればいいのか、といったことに
多くの人が関心を持ち、意識することがまず必要なのだと思う。

この映画はまさに、
育児放棄と孤独感との関係について多くの人に関心を持たせる」ために、
この手の事件は特殊な環境でのみ引き起こされるのではなく、
どんな人でも、ふとしたきっかけで
こういう事件を引き起こしてしまう可能性があるのだということを、
映画を見た人に考えてもらえるように作られている。

この映画を見た後は、正直なところ、しばらく明るい気持ちにはなれないし、
それゆえに、デートで見るような映画ではないかもしれない。
それでも私は、この映画を見てよかったと思う。

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この映画に興味のある方は、以下のリンク先の記事もぜひ読んでみてください。
ただ、結構ネタバレがあるので、その点はご留意くださいませ。
母親を子宮に沈める社会――大阪二児遺棄事件をもう一度考えるために

投稿者 むすてぃー : 2013年11月23日 03:30

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