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2008年03月29日

[雑事]奴隷とまもも再プレイと自省

相変わらず話題がバラバラですね、自分。

いろんなこと書いてるのですが、
文章がつたないので読む方は大変だろうと思います。
どうもすみません。
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9歳の少女が奴隷として50ドルで売られている
ハイチの事例ですが。

日本ユニセフさんはナントカ法の改正推進よりも
こういう問題をどうやって解決するかを話し合うような活動を
もっといっぱいやった方がいいような気がするなぁ。
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魔王物語物語」を久し振りにやってみた。
隠しボスに挑んでなかったので、試しに挑んでみようと思ったのです。

ラスボスを倒したレベルで挑んだのだが、
あっさり瞬殺された。

ただでさえ強いのに仲間を呼びやがった。
こっちのHPは200くらいなのだが、100ダメージ以上の攻撃が普通にくる。
更にはこの隠しボス、回復薬を使って回復するのだが、その回復量もかなり鬼。
さすが、マゾプレイヤー向けゲーム。

このゲームをはじめたての頃、
ネズミ(2番目に弱い雑魚敵)1匹を倒すだけでも一苦労だった。
気を抜くとやられてゲームオーバー。
2番目に弱い雑魚敵なのに、ボス戦並に苦労する。

そんなゲームなのだから、隠しボスがそう簡単に倒せるはずがないのだ。

仕方がないので、もうちょっとレベルを上げてみることにした。
次こそ、テキストデータで出力される「全滅履歴」に載らないといいな、と思う。
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文化人類学者のマーガレット・ミードは『サモアの思春期』(1928)で、
サモアの少女の開放的な性を描いた。

同じく文化人類学者のデレク・フリーマンは、
『マーガレット・ミードとサモア』(1983)において、ミードのこの本を批判した。

「ミードの著作の主張は根本的に間違っている」、
「現地人にそそのかされ、事実誤認の出来事を書いてしまったのだ」、
などといったふうに。

ミードの著作が出たのは1920年代だが、
時を経るにつれ、やがて現地サモアの知識人からも
著作の内容に関して批判が出るようになった。

「あんたは俺たちの文化をこう書いてるが、俺たちの文化はこんなじゃねぇ!」
ちょっと乱暴に書いてしまったが、こんな感じだろうか。
つまりは、著作におけるサモア文化の表象の仕方に関して批判があったのだ。

ちなみに、ミードはジェンダー研究の先駆者であった。
また、多くのフェミニストはミードの主張を基本として主張を展開していた。
そのため、フリーマンの主張によって、学会は大きな衝撃を受けたのである。

しかし、この批判によって、以下のような示唆を与えられた。

民族誌というのは、書き手の主観が投影されることを免れない。
また、研究者は、「他者の生成」というものに対して自覚的になった。
……つまり、民族誌を書くことは、書き手である研究者が主観で描くことで
「他者(=調査する民族)」とはこういうものだということを作り上げてしまうのである。

これらのことは、文化人類学にとって重要な示唆だった。
フリーマンらによって、ミードの著作の内容は間違っていると批判されたが、
この批判を受けることで、ミードの著作自体の評価は低くなるどころか
むしろその存在価値を高めた。

上に示したような、批判を受けてもなお評価される作品、
いや、むしろ批判を受けることで評価が高まる作品を書くことができるというのは
すごいことだと私は思う。
自分も、こういうものを書けるようになりたいものだ。

参考文献
・箕浦康子「子どもと若者」、山下晋司 編(2005)『文化人類学入門』弘文堂
・山下晋司、船曳建夫 編(1997)『文化人類学キーワード』有斐閣

投稿者 むすてぃー : 01:22 | トラックバック

2008年03月28日

[覚え書き]児ポ法に関することの続き

宣言しながら時間が経ってしまいました。ごめんなさい。

時間が経過した間にたまけん先生 釣られて 反応してくれて
わかりやすく文章を書いてくれました。
自分もうまく文章を書けるかいささか不安ではありますが、
まとめようと宣言しちまったので、一応自分なりにまとめてみようと思います。

内容が内容なのでアレな表現もありますが、
以下に文章を書き連ねてみたので、参照されたい方はどうぞ。

(※ツッコミどころは多いかと思いますが、ツッコミがあればお願いします)
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小寺信良氏の文章(*1)を参照または引用し、
今回の児ポ法の改正(改悪?)案の要を以下に示します。

1. 単純所持も違法化・処罰の対象とする
2. 児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したものを「準児童ポルノ」として違法化する

これらの問題点に関しては、小寺氏が詳しく書いているので、
そちらを参照していただければ幸いです。
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0803/17/news010.html
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まず、はじめに自分の根本の考えを表明しておきましょう。
私は、子供が性的搾取をされるということはなくしていくべきものだと思います。

先に名前を挙げた小野氏も、
「子供が性的虐待にさらされる事件はなくさなければならない」(*1)と述べておりますし、
おそらく、「なくそう! 子どもポルノ」キャンペーンを推進している日本ユニセフも、
自民党、公明党で改正を推進している議員の方々にも、そういう思いはあると思います。

子供相手にハァハァするだけならいいとしても、
衝動を抑えきれずに実際に子供と犯っちゃうような輩は
いっそのこと薬物去勢でもしてしまえばいい。

……というのはちょっと極端な考え方かもしれませんが、
多くの人は、子供の性的虐待や搾取をなくしたいという思いを持っているでしょうし、
このことには私も共感します。

しかし、子供に対する性犯罪へ対処するための方法として
「単純所持の違法化」や「準児童ポルノ」なるものが果たして効果的であるのか、
自分にはどうも疑問があるのです。

疑問があるとした理由について、次のような指摘を挙げておきます。

『犯罪白書』のデータより犯罪発生数を参照したパオロ・マッツァリーノ氏は、
自著で昭和33年から数年間の方が現在よりも強姦罪の件数が多かった点を指摘し、
同年に売春禁止法が施行された点もふまえて次のように述べています。

このころの少年の下半身に何があったのかは定かではありませんが、ひとつには、昭和三三年に施行された売春禁止法が関係している可能性があります。ゴミ箱を撤去してもゴミはなくなりません。トイレをなくせばウンコしなくなるわけでもありません。出るものは、出ます。法律で表面だけを取り繕うと、別の場所から噴出する可能性があるのです。(*2)
このグラフ(※筆者注: 『犯罪白書』の犯罪件数データから作成されたグラフ)からは、ヘアヌード写真集もアダルトビデオもなかった時代のほうが、少年は性犯罪に走りやすかったという事実が読みとれます。むしろポルノは安全弁であるとの見方が有力でしょう。(*2)

「何でもかんでもただ規制するだけで、犯罪を抑止できる」とは限りません。

マッツァリーノ氏の指摘からだけではなく、
(児童ポルノの話題からずれますが、)アメリカの禁酒法が成功しなかった理由を考えてみても、
「過度の規制は犯罪抑止効果を生まず、むしろ事態を悪くする可能性を持っている」
ことが想像できるのではないかと思います。
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単純所持の違法化は、極論を言ってしまえば、
パソコンを持っているだけで犯罪者扱いされる危険につながる恐れがあります。
それは、どういうことか。

例えば、エロサイトをうっかり見てしまった。
そのサイトにあった画像は、自分でダウンロードしたつもりがなくとも、
キャッシュに保存されます。

後に警察がやってきて、
「ハードディスクを調べていたら、キャッシュにエロ画像が入っていた」→児童ポルノ法違反でタイーホ
なんてことになったら、たまったもんじゃないです。

法改正が行われた場合、
法が警察によって恣意的に運用されるのではないかという懸念もあります。

これに関連して、このウェブページでLauren Weinstein氏は
児童ポルノの単純所持を禁じている国の例を挙げ、以下のような点を指摘しています(*3)。

・「犯罪歴もなく、児童にみだらな行為をした経歴もない人が逮捕され、
 ウェブを閲覧したというだけで重い罪に問われるケースが増加している」こと
・「中には、性犯罪者として登録され、
 終生追跡される可能性に怯えなければならないケースもある」こと
・「正当な児童ポルノ捜査の範疇を超え、魔女狩り的な捜査が急増している」こと

日本でも、単純所持が禁止されれば
上に挙げたようなことが起こりうるのではないかという危惧を私は感じます。
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また、今回の改正案では、アニメ・漫画・ゲームの表現が、
どのような基準で「準児童ポルノ」と判断されるのかが明確ではありません。

日本ユニセフ協会の広報室長に対してインタビューを行い、
それを記載したウェブページがあります(*4)。

このサイトで取り上げられているやり取りは色々ツッコみたいところが多いですが、
ここでひとつ、私が「ツッコみたい」と思う箇所を見てみましょう。

マンガ・アニメ・ゲームをはじめとする「児童ポルノ」が問題である根拠として、
どのようなデータがあるのかとインタビュアーが問うと、広報室長は、
「アネクダートル・データ(逸話的、伝聞的なデータで、数値には出ないもの)」
によって判断しているという解答しているくだりがあります(*4)。

曖昧すぎるものから判断して、それで法律を作っちゃう。
それって、まずいんじゃないですか?

定義や価値基準が曖昧であるというのは、非常に問題があるでしょう。
「法」である以上は、その内容は明確なものでなければなりませんから。
定義が曖昧だと、処罰範囲が不当に拡大する恐れが懸念されます。
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ポルノの話題を扱っているのでついでに書きますが、
そもそも「わいせつ」の定義自体が曖昧です。

昔、「チャタレイ事件」という事件が起きた時に、
最高裁は「わいせつの三要素」として以下のような判断基準を示しました。

1. 徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
2. 且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し
3. 善良な性的道義観念に反するものをいう

(最高裁判所昭和32年3月13日大法廷判決)

しかしながら、何をもって「わいせつ」と見なすか、価値観は時代と共に変わってきます。
上に示した三要素でさえ基準が曖昧です。

何が「性欲を興奮又は刺戟せしめ」るのか、
何が「普通人の正常な性的羞恥心を害」するものなのか、
「善良な性的道義観念」とは何なのか、
これらの認識は、時代と共に変わってくるものでしょう。

現在、この事件の発端となった小説である『チャタレイ夫人の恋人』は、
伊藤礼氏によって完訳が出ていますが、
またこの本をわいせつだと言って取り締まろうとする動きはありません。
少なくとも私が得た情報の限りでは。
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アニメ・漫画・ゲームの規制に関する話題へ戻ります。

そもそも、アニメ・漫画・ゲームによる児童ポルノは被害者が存在しません。
実写であれば被害者が出るのでわかりますが、
児童の被害者が存在しないにもかかわらず取り締まることは、
本当に「児童を性的搾取から守る」ことにつながるのでしょうか。

アニメ・漫画・ゲームという言葉を出したついでに、
GIGAZINEで指摘されていたことにも触れておきます。

アニメやマンガ、ゲームなどがそういった児童ポルノを誘発するかどうかというのはまず綿密で客観的な調査を行ってからでないと因果関係が証明できない以上、単なる「表現の自由の侵害」にしか過ぎない(*5)

上の引用からも明らかなように、
「アニメやマンガ、ゲーム」が「児童ポルノを誘発するかどうか」というのは
因果関係が証明されていません。

社会学者の宮台真司氏も、
「絵や漫画が間接的にしろ人権を侵害すると言える論拠が自明ではない」(*6)
と述べています。

これに関しては、
宮台氏のテクストの「絵や漫画は人権を侵害するか」という部分に詳しく記載されています。
http://www.miyadai.com/texts/014.php
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改正案において、定義が曖昧であるところもそうですが、
因果関係が証明されていないのにアニメ・漫画・ゲームを取り締まることは、
「児童を性的搾取から守る」ことにつながるとは、私にはどうも思えないのです。

ただ単に、アニメやゲームなどをスケープゴートにしたいだけなんじゃないか。
改正の推進派は、アニメやゲームが嫌いという感情的な理由だけで
改正を推進しているのではないだろうか。
実際はどうなのかわかりませんが、私にはそう思えてなりません。

先に挙げた、日本ユニセフの広報部長のインタビューを掲載したサイトで、
インタビュアーの「具体的に、専門家とか漫画家と会合をもつ予定は?」という問いに対して
広報室長が「いまのところありません」と述べていますが(*7)、このことは非常に気になります。

いずれ、何らかの形で対話したいという意思はあるのかも知れませんが、
会合を開いて議論を尽くしてから、法改正への動きをする、
……というのが本来の在り方だと思うのですがね。

法は拘束力を持ち、強制力を持つ規範です。
それだけ重みのあるものなのだから、
早急な動きはちょっと危険であるように私は思います。
重要だと考えるのであれば、「急がば回れ」です。
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先ほどの引用で「表現の自由の侵害」なんていう言葉が出ていたので
これにも触れてみようと思います。

「表現の自由」は、憲法21条によって定められています。

「表現の自由」が奪われれば、アニメ・漫画・ゲーム産業は衰退していくでしょう。
経済的損失は大きいはずです。

ちなみに、経済産業省の推計によると、
アニメなどのコンテンツ産業の市場規模は、
2001年の11兆円から、2010年には15兆円に膨らむとのこと(*8)。

世界で総額2兆円規模といわれるテレビ業界で、
日本のアニメのシェアは65%にもなります(*9)。
これだけでもかなりの経済規模です。

お金にかかわる話題に触れると、
「アニメやゲームに対して純粋に好きだという気持ちがないんじゃないか」
とか言う人がいるかも知れません(そんなことはないですけど)。

しかし、お金がなければ国は成り立たちませんし、
経済的な側面が国民の生活に大きく影響を与えているのは事実です。

前にも似たようなことを書いたので繰り返しになってしまうのですが、
充分な議論を行って改正案の問題点を解決できるようなものがない限り、
やはり早急な改正を進めるべきではないと思います。
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「表現の自由」ということで憲法21条について触れましたが、
これに関連して、憲法12条にも触れておきたいと思います。

憲法12条は「憲法が保障する自由・権利」について書かれたものです。
それによれば、憲法が国民に保障する自由や権利というのは、
国民の不断の努力によつて」(強調は筆者)保持されなければならないのです。

自由とは、国民が自分で守っていかなければいけない。
自由というのは、何もしないでも守ってもらえるような代物ではないです。

だから、この法改正はまずいなと思ったら、
色々な人と話をしたり、国会議員の方へ手紙を送ったり、ブログの話題として出してみたり、
何らかの行動を取ってみることは大切ではないかと思います。
こういう草の根的な動きが広まれば、「世論」は動きますから。

できることなら、
テレビや新聞といった大衆メディアが取り上げて報道してくれればいいんですけどね。

インターネットでもたらされる情報ってのは自分から探さないと手に入らないけれども、
テレビや新聞は影響力が大きいし、
インターネットに比べると受け身でいても情報が得られるので。

政治に無関心ではいけないな、とは思います。
おそらく多くの人もそう思っているでしょう。
そう思っていても、一方では、受け身な姿勢で情報を享受している人は多いような気がします。

私はメディアや情報の専門家ではありません。
本当なら、法学、政治学、社会学、経済学などの観点から
学際的で深い議論をするべきなのでしょうが、
現時点では、私ひとりでそこまで踏み込んだ文章を書く能力があるかというと、正直自信はありません。

ただ、この問題が、ひとりでも多くの人に認識されたらいいなと思っています。
それで、敢えてこういった話題をブログで書いてみました。

よろしければツッコミ、感想などいただければ幸いです。
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■ソース

*1: 小寺信良「『児童ポルノ法改正』に潜む危険」(ITmedia, 2008年3月17日)、http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0803/17/news010.html

*2: パオロ・マッツァリーノ(2007)、『反社会学講座』、筑摩書房、p.30

*3: Lauren Weinstein, "Online Kid Porn a Tricky Problem," (Wired, 01.27.2003), http://www.wired.com/culture/lifestyle/news/2003/01/57397
(日本語版: 森口けい子、高橋朋子「児童ポルノ閲覧、初犯の罪が重すぎる?」、WIRED VISION, 2003年2月4日、http://wiredvision.jp/archives/200302/2003020405.html
 社会学者の宮台真司氏も、警察による恣意的運用を危惧する旨を(*6)のウェブページで書いています。それに関しては、(*6)に示したページの「単純所持とはどういう事態か」という部分をご参照下さい。

*4: 「(財)日本ユニセフ協会インタビュー【第1回】外国からも『声』が届いている」(マンガ論争勃発のサイト、2008年3月22日)、http://ameblo.jp/mangaronsoh/entry-10081925593.html
 上記サイトでは広報室長の名前は出ていますが、私のブログでは名前を出しませんでした。私は別に広報室長の個人攻撃をしたいのではなく、あくまでも(財)日本ユニセフ協会の考え方に対して意見を述べたいだけだからです。

*5: 「児童ポルノの単純所持禁止にアニメ・マンガ・ゲームは含めるべきか否か?」(GIGAZINE, 2008年3月13日)、http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080313_child_anime_manga/

*6: 宮台真司「児童買春・児童ポルノ禁止法案の改正論議によせて」(MIYADAI.com)、http://www.miyadai.com/texts/014.php

*7: 「(財)日本ユニセフ協会インタビュー【最終回】『単純所持規制は待ったなし』」(マンガ論争勃発のサイト、2008年3月26日)、http://ameblo.jp/mangaronsoh/entry-10082925114.html
 広報室長は、「要望書で早急な対応を求められているのは何故か」というインタビュアーの質問に対して、「少なくとも実像の単純所持は待ったなしだと考えています。それこそ、法律制定時から見送りが続いています。ここにきて、販売目的所持を禁止しておきながら、所持を禁じていないのはおかしいと思う」と述べています。一刻も早く被害者を減らしたいという気持ちはわかるのですが、だからといって法律の改正を急ぐのはあまりにも焦りすぎであり、もしや改正案の問題点を見ようともしていないのではないだろうかと疑ってしまいます。
 本当に児童ポルノをなくしたいというのであれば、改正案の中で問題点とされている箇所を冷静かつ詳細に検討したり、もっと議論をすべきだと私は思います。

*8: 「『ビジネス力』アニメにも」(読売新聞、2006年5月8日)、http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/ippitsu/at_ip_06050801.htm

*9: 「日本製アニメとマンガの国際戦略」(独立行政法人経済産業研究所、2004年11月16日)、http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04111601.html
 独立行政法人経済産業研究所(RIETI)とは、「中長期的に戦略的な視点に立った世界的レベルの調査分析・政策研究に基づき、創造的かつ斬新な政策議論を誘発する新たなプラットフォームとして、2001年4月1日に設立された非公務員型の独立行政法人です」。
 国の施策との関係については次のように説明されています。「現在の政策当局では発想できないような、あるいは取り組まれていないような中長期的な経済システム改革の視点に基づく斬新な研究を行ったり、効果の薄い政策の改善・廃止や新しい政策の導入に資する理論的・分析的基礎を提供しています。また、政策の形成に影響力のある論評・書評や有識者間での政策論争にも影響を与えております」。(引用元: http://www.rieti.go.jp/jp/about/index.html

投稿者 むすてぃー : 20:17 | トラックバック

2008年03月23日

[覚え書き]何でも規制すればいいのではない

ブログでの政治的な話題は避けていたのですが、
看過できないくらい気になることがあるので、覚え書きとして書いておきます。

児ポ法改正(改悪)の議論が最近また、活発になってきました。
2002年ごろ、「ジポネット」というサイトが存在し、
二次元創作物規制反対運動の主力となっていましたが、
今回もまた、改正(改悪)案に対する批判がネット上で多く見られ、
Wikiによるまとめサイトが散見されるようになってきました。
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日本ユニセフ協会インタビュー
http://ameblo.jp/mangaronsoh/entry-10081925593.html

あとで、ここに挙げているインタビュー内容を含めて批判的に検討したいので、
とりあえず貼り付け。

投稿者 むすてぃー : 15:53 | トラックバック

[雑事]それ系のドリンク

先日、薬局へ行った時に「鉄骨飲料」を見つけた。
まだあったんだ。

懐かしくて思わず買って飲んでみた。

鉄骨の味がした。

……。

んなこたあない。

実際はグレープフルーツの味だったかな。

どうでもいいが、
「むすてぃー的懐かしい飲み物シリーズ」に
「ダダン」という飲み物があるが、
残念ながら、その薬局内で見つけることはできなかった。

「ダッダーン! ボヨヨンボヨヨン、アーアーアー」

CFの台詞を思い出すだけで何故か笑ってしまう。
10年以上を経ても思い出す度に蘇る、一種のシュールさ。
ここまで記憶に残るコマーシャルってすごいな。
自分だけかも知れないけど。

投稿者 むすてぃー : 15:33 | トラックバック

2008年03月22日

[雑事]後ろ向きでごめんなさい

しんどい。
何故かはわからないけれども、
はっきりしているのは、ぼんやりと不安を感じることくらいか。

頭は働かないし、体からだるさが抜けない。
そのことが、うまく伝えられない。

ただ、休まないといけないのはわかっているので休むようにはしている。

投稿者 むすてぃー : 22:28 | トラックバック

2008年03月10日

[覚え書き]読みたい本(雑多)

久し振りに小説を読んだら、いろいろと本を読みたくなった。
なので、メモしておこうと思う。

■買おうかな
・岩田宗之『議論のルールブック』新潮社(714円)
・金益見『ラブホテル進化論』文藝春秋(767円)
・サイモン・シン(青木薫 訳)『フェルマーの最終定理』新潮社(820円)
・三島由紀夫『暁の寺』(豊饒の海・三)新潮社(620円)
・持田騎一郎『儲かる音楽 損する音楽』ソニーマガジンズ(840円)

■欲しい、けど高い
・竹沢尚一郎『人類学的思考の歴史』世界思想社教学社(3990円)
・ジョナサン・ハスラム(角田史幸 他 訳)『誠実という悪徳』現代思潮新社(6720円)

※ ハスラムの本はE. H. カーに関する本だお。

■とりあえず図書館でチェック
・森本敏 監修『岐路に立つ日本の安全』北星堂書店(3990円)
・森達也『死刑』朝日出版社(1680円)

投稿者 むすてぃー : 01:20 | トラックバック

2008年03月09日

[雑事]動物ビーチマウス

ある駅の自販機にて。

リアルキアイダーとリアルゴールドが並んでる写真だが。

「REAL KIAIDA」っていうネーミングがすごいな、と思う。
「KIAIDA」を、「KIAIDAR」みたいに英語風の綴りにしてないところが
変にカッコつけてなくて素敵だなと思える。

ただ、リアルな気合いって何だ。
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最近読んだ本。

■三島由紀夫『奔馬――豊饒の海(二)』

久し振りに小説を読んだ。

明治の貴族を描いていて優美な感じのある『春の雪』とはうってかわって、
昭和初期の若きテロリスト(よく言えば革命家)の情熱を書いている。
主人公は、腐敗した日本を変えてやりたいという想いを秘め、実際に行動を起こした。
その一部始終は、すごく青臭い。でも、アツイ。

ラストの急展開(?)の描き方は流石。すごくハラハラした。

個人的に、三島由紀夫の真骨頂は「醜いものを緻密に描いている」点だと思う。
それなのに、醜いものが、時に美しく見えることがある。

「醜い」、だけど「美しい」。
いや、「美しい」故に「醜い」のかもしれない。
とにかく、人の持っているドロドロした感情をこんなふうに表現できるのはすごい。

■中島隆信『これも経済学だ!』

新書。
「経済学的視点で物事を見るってのはこういうことだよ」ってなことを書いてる。

ただ、挙げている例が主観的すぎたり、
「本当かよ」と疑いたくなる部分があったりなど、
細かい点でツッコみたいところはあった。

全体としては、そこそこ面白かった。
「経済学の考え方はこうで、こういう見方からアプローチするやり方もあるんだ」
……というような、「考え方」を一つ提示してくれる、という意味ではいいかも。

ただまぁ、経済学にも色々な考え方があるので
この本にあることがイコール経済学的な考察や方法論の全てではないだろうけどね。

投稿者 むすてぃー : 09:30 | トラックバック