『シークレット・ソング』第一話・発端

 少し強い風が、私の頬を撫でていく。耳を澄ませば、枝と枝の触れ合う音が聞こえてくる。

 私は今、街の郊外にある空き地の、一番大きな木の下に座っている。 ここは昔、大きな屋敷があったらしく、置かれたままとなっている多くの廃材がその過去を物語っている。 私は、今かぶっているつば広の帽子を左手で飛ばされないように押さえながら、 風と木の枝々が戯れている様子を、一人楽しんでいた。

 右手には、一冊の分厚い本がある。 この本は、今では遠い昔の出来事となってしまった「世界大戦」のことについてが書かれているのだが、 記されている本の内容がどうも私にはどうもしっくりこなかった。 ずっと昔に記されたものであり、ある程度の誇張は考えられるにしても、 やはりアルテアの強さは評価に値するものであるし、私自身、アルテアを尊敬している。 だけれども、尊敬しているとはいえ、あの単純で破天荒な性格はどうもあまり好きにはなれないのだ。

 私はふと、空を仰いでみた。バケツの中に入っていたペンキをぶちまけたかのような、見渡す限りの青。 戦争の時代も、この空は変わらず青かったのだろうか。血に染まらずに、青くあり続けたのだろうか……。 鮮血や炎の「赤」という色に囲まれていた当時の人々にとって、この空は多分希望の象徴だったのかも知れない。 もしも空の色が朝から太陽が沈むまで赤かったら、今の平和はなかったのではないだろうか。

 強かった風が少し弱まり、葉と葉のこすれ合う囁き声がトーンダウンした。 そろそろ帰ろうかと思い立ち上がった時、後ろから誰かが私を呼ぶ声がした。

「おお、カイじゃねえか。こんな所で何してんだ?」

 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。 彼の名はフェイト。彼との関係は、まあ、幼なじみの腐れ縁といったところだ。 金髪が美しく、顔も悪くないのだが、何かにつけて私について回るので、私にとっては正直ちょっと煙たい存在である。

「ははーん、わかった。お前、また何か妄想にでも浸ってたんだろ?」

 私を見つけたことがよほど嬉しいのか、どんどん話しかけてくる。 私は彼を無視しようとしたが、彼は構わずに話を続ける。

「……沈黙を以って俺と接するか。まあ、カイらしい反応だわな。 あ、そうそう。今日の夜、街の広場で『平和祭』やるだろ?  お前、一緒に回る友達もいないだろうから、良かったら俺と一緒に祭に行かないか?」

 私は、彼の言葉に呆れて言い返した。

「フェイト……それで私のことを口説いてるつもりなの?」

「俺はそのつもりなんだけどな」

 私が反応したからか、フェイトは子供のようないたずらっぽい表情を浮かべて見せた。 私は大きな溜め息をついてみせた。今日は随分と空気が冷たいため、吐いた息の白さは鮮明であった。

「なあ、いいだろ? 一緒に見て回ろうぜ。たまには気分転換も必要だろ?」

 フェイトは一旦物を頼むとなかなか引かない頑固なところがあるので、 彼に捕まってしまった以上はどうもここから逃げられそうもない。困った。 彼の真剣な眼差しを見る限り、どうやら私のことをどうしても誘いたくて仕方がないようである。 ここで私が断っても、これでもかと言うくらいにしつこく懇願するのがいつものパターンだ。 正直なところあまり祭に行く気がしないのだが、そう何度も頼まれるというのは、うざったくて仕方がない。 私はしばしの間考えた。そして、オーケーを出すのがベターだと判断して、彼に「行っても構わない」と答えた。

「お、マジで? へへ、やったね。そんじゃあ、七時になったら街の広場の噴水前集合な」

「……ハイハイ」

 私は、何処となくやる気のなさを漂わせて返事をしたのだが、 彼は、私からオーケーをもらえたのがよほど嬉しかったのか、 私の様子など気にも留めずに随分と嬉しそうな表情を浮かべて去っていった。 全く、単純な奴だなとつくづく思う。あの軽い感じはどうも好きにはなれないのだが、 あれでも私は彼を数少ない仲間だと思っている。 今では私以外に魔術を使える人なんてほとんどいないが、彼は私より低レベルながらも魔法を扱う才能を持っている。

 私は、休めていた足を動かしてゆっくりと帰り道を歩き始めた。 気付けば影はいつの間にか短くなり、太陽は南中に達していた。

        ◇


「えっと、ここで良かったんだっけか……」

 時刻は七時三分前。それにしても、さすが平和祭といったところか。 毎年、決まって終戦記念日に行われる祭なのだが、世界中至る都市で大規模に行われるものであるだけのことはあり、 今にも人混みの中に吸い込まれてしまいそうである。 ……しかしまあ、こんなところを待ち合わせ場所に指定してしまって、フェイトは私の居場所がわかるのだろうか。 このまま時間が過ぎて、私はこの人混みの中に吸い込まれてしまうのではなかろうか。 そんな私の杞憂は、次の一言によって見事に一蹴された。

「お待たせしたね!」

 フェイトが後ろから不意に声を掛けてきたので、私はびくっとしてすぐに後ろを振り向いた。

「ハハハ、何だよ、そんなに驚いた顔しちゃってさ。まあ、いいや、行こうぜ」

 フェイトは私の後方の、露店が並んでいるあたりを指さした。 人混みの苦手な私は最初から祭に乗り気ではなかったのだが、 フェイトがぐいぐいと私の腕を引っ張ってくるので、とりあえず彼について行くことにした。

 広場を出て、露店の並ぶ大きな通りに出てみれば、案の定そこも見渡す限りの人、人、人でごったがえしていた。 祭…ということもあってか、子供達が嬉しそうに駆け回る姿や、 恋人同士が手を繋いで仲良く回っているのがよく見受けられた。 私が祭の様子をボーッと眺めていた時、ふとフェイトはこんな話を持ちかけてきた。

「あ、そうだカイ。お前、テュルフングって奴知ってるか?」

「テュルフングって、あの最近起きてる連続殺人事件の犯人の仇名でしょ?」

 テュルフング……今では数自体少なくなってしまった「魔術師」ばかりを狙っている殺人犯で、 彼自身も有能な魔術師である。その仇名は「一度さやから抜くと、必ず一人の人間を死に誘い、 やがては自身をも破滅させる」という、神話に登場する魔剣の名前に由来する。 彼は、その名にふさわしいとも言える程の、非常に高度で破壊力のある魔術によって これまでの魔術師を死に追いやってきた。……とまあ、私が知っているのはおおよそこんなところだ。

「……で、そいつがどうかしたの?」

「テュルフングってさ、魔術師ばっかり狙ってるだろ。だから、俺らも狙われたら怖いよなって思ってさ」

「まあ、私達がそいつに狙われる程優秀な魔術師だったとしたら、テュルフングの存在は結構怖いね」

 そうは言ってみたものの、魔術師ばかりが狙われるこの事件は、 何も私達には降りかからないという保証は何処にもないのだ。 標準が私達に定まってしまえば、相当厄介なことになるだろう。

 広場を出てから数分が経過した。いくらか歩いたところでフェイトはある露店の前に立ち止まった。

「ん、どうしたの?」

「悪ぃ、ちょっとここで待っててくんない?」

 そう言うと彼は、すぐそこにあったソフトクリームの露店へと駆けていった。 彼の甘い物好きは昔から変わらない。以前もクレープ屋で、十枚のクレープを一人で平らげたことがあり、 そのクレープ屋ではある種の伝説として、店主が今でもお客さんに対して溜め息混じりに語っているらしい。

 通り過ぎていく人影をしばらくボーッと眺めていると、フェイトがソフトクリームを両手にこちらに戻ってきた。 まさか、一人で両方食べるつもりなんじゃ……。

「お待たせ。どっちがいい?」

 ……ああ、私に買ってきたのか。彼の右手にはバニラ、左手にはチョコレートのソフトクリームがあった。 私は彼の右手を指さした。

「こっちね。はい、どうぞ」

「それにしても、二人でソフトクリームだなんて恋人同士じゃあるまいし」

「ハハハ、まあ気にするなよ。俺のおごりなんだからありがたく頂いておけって」

 笑顔でさらりと返された。やっぱり軽い奴だな、と私は思った。 幼なじみの関係とはいえ、こういう状況下にあると何か変な気分になる。

 ソフトクリームのカップまで全部食べ終え、適当に何処か見ていこうかと思ったその時、 私は背筋に悪寒が走るのを感じた。何か、嫌な予感がする。

「……カイ、今何か変な気を感じなかったか?」

「フェイトも感じたのね。何だろう、この威圧感は」

 フェイトの顔からはさっきまでの笑顔は消え、真剣な表情で辺りを警戒している。 辺りを見渡せば、人混みが溢れているばかり。それまでと変わらない風景が流れているだけだ。 しかし、私を襲う威圧感は次第に強まっていき、圧迫を伴うものとなっていった。

「どんどん空気が重くなっていくって感じだな……」

 フェイトのそんな言葉を聞いたその時、上空から、強い魔力が恐ろしい早さでこちらに向かってくるのを感じた。

「フェイト、逃げるよ!」

 私はとっさにそう叫ぶと、フェイトの手を無理矢理引っ張り、「飛行術」を発動して空中の安全な箇所へと即座に逃げた。 人が多い中で魔術など使いたくはなかったが、この状況下では使わざるを得ないと判断してのことだった。

 飛行術でフェイトとその場を離れた直後、それまで私達がいた場所に激しい雷が落ち、大規模な爆発が起こった。 立ちこめる黒い煙は空高く上がり、私達の視界を塞いでいた。爆風のエネルギーは凄まじく、 一帯の街路樹は根本から激しく揺れ、人々は、立ち並ぶ露店と共に宙に舞った。 遠くにいた人々は、その様子を見てパニック状態に陥り、金切り声を上げながら逃げ惑っている。

 私は、一変したこの光景に驚愕の念を禁じ得なかった。

「ひどい有様ね……一体誰がこんなことを」

 煙が少し晴れ、向こう側に、沈みかけた夕陽に映し出されて細長い人影が空中に浮かんでいるのが見えた。 煙が晴れてくるにしたがって、影の姿形は次第に明確なものとなっていった。 腰の辺りまで伸びたブロンドの髪は上空の冷たい風にたなびき、顔面には目の辺りのみを覆う仮面が付けられている。 背は高く、その細い体は漆黒のマントに覆われ、いかにも妖しい雰囲気を醸し出している。

 私は魔術を解き、爆発地点から少し離れた場所に着地をした。 周りを見渡せば、さっきまでの祭のにぎやかさは消え、騒然とした静けさのみが辺りを支配していた。 雷に直撃し、爆風に呑まれた人々は、おそらく即死状態だったであろう。 辺りにころがる死体は黒こげになり、建物からはまだ煙が上がっている。 卵の腐ったような臭いが辺りを支配しており、それが妙に鼻につく。 その中で、黒マントの人間が不気味な笑みを浮かべながらこちらの方に着地した。

 黒マントは開口一番にこう言った。

「ほう……私の術を回避できたのか。どうやら少しは骨のある魔術師のようだな」

 フェイトは、静かな口調で質問をぶつけた。

「あんたが、これをやったのか?」

 黒マントは、再び不気味な笑いを浮かべて返答した。

「この私以外に誰がやったと言うのかね?」

 そのやりとりを聞いて、私は戦慄が走った。さっきの術の魔力といい、この威圧感といい、 今までに感じたことのない強さであった。私は不安を抑えながら、黒マントの男に問うた。

「……貴方はもしかして、各地の魔術師を殺して回っている、あのテュルフングって奴ですね?」

「フフフ、まあ私をそう呼ぶ輩もいるようだな」

 ご名答か。テュルフング……まさか、こんな場所で出会ってしまうとは。 殺気を帯びた笑みを浮かべながら、彼は言葉を継いだ。

「悪いが、魔術師である君達にもここで死んでもらおうと思う」

 必要最小限にまとめられたその言葉には、彼の冷徹さがしっかりとにじみ出ていた。

 フェイトは、我を忘れて冷静さを欠いてしまっているらしくテュルフングに対してこう叫んだ。

「……冗談じゃねえ。理由も提示せずに俺らを殺すだと? ふざけたこと抜かすのもいい加減にしろ!」

「ちょっと、フェイト。落ち着きなさいって」

 私の一言もむなしく、彼は言葉を続けた。

「俺らがこんな所で死んでたまるかってんだ。テュルフング、覚悟!」

 私の制止を振り払って、フェイトは飛び出していった。 掌中(しょうちゅう)に気の流れを集中させ、その手をテュルフングに向けた。 彼の手からは複数の火の玉が、勢いよくテュルフングに向かって飛んでいった。 間もなく、標的となる人物の辺りで大きな爆発が起きた。 周辺には砂ぼこりが立ちこめ、黒マントの姿を確認することができなかった。

「……やったか?」

 フェイトは不安げな表情でテュルフングの様子をうかがおうとした。 今の一撃にかなりの魔力を注いだのであろう、彼は激しくあえいでいた。 彼の後ろ姿を見るだけでも、疲れている様子は十二分に伝わってくる。

「油断しないで、フェイト。まだあいつの魔力を感じる」

 先程の爆発が晴れてきた。フェイトはおそるおそる彼の様子を探ろうとしたが、 そこには既にテュルフングの姿はなかった。 テュルフングの魔力は確かに感じるのだが、一体何処にいるのかがわからない。

 その時、上空から強い威圧感を感じた。空気がすごく重く感じられる。 私は空を仰いだ。そこには、案の定、黒マントの影がふわりふわりと浮かんでいるのが見えた。

 テュルフングは嘲笑混じりに言葉を吐き出した。

「フッ、その程度の術で私を倒したつもりなのかな?  まあいい。そこまで死に急ぎたいのであればその望みを叶えてやる。 安心しろ、痛みなど感じる前にお前の体はこの世界から消え去ることが出来るのだからな!」

 テュルフングの掌(たなそこ)から放たれた赤い光が、こちらに向かって降ってくる。 さっきの雷の術や、フェイトの放った術と比べても数倍の魔力を帯びている。 あんな術を喰らってしまえばひとたまりもない。私はとっさに彼の名前を叫んだ。

「フェイトーーーーーっ!!」

 毒々しさをも感じさせる程の鮮やかな赤い光は、強い輝きを増しながらフェイトに向かって降ってくる。 凄まじい速さである。私だけならば飛行術を使ってなんとか逃げ出せるものの、 魔力を使い切っている様子のフェイトには、その場からすぐに逃げ出せるだけの魔力も、体力もないであろう。 しかし、彼を助けに行くには少々距離が開きすぎている。 だからといって彼を見殺しにすることもできない。……私は賭けに出ることにした。 私は全魔力を以って飛行術を発動して、フェイトのもとへと向かった。 テュルフングの魔術は強い魔力を帯び、依然として赤く輝きながら恐るべきスピードでこちらに向かってくる。

 もはや私達もこれまでなのか……。

 そんな思いが頭をかすめたその時、私の後方から、援護射撃のごとく青白い光が何本も飛んできた。

 その光は、私がフェイトのもとへ行くスピードよりも速く、上空からの青い光へと向かい、ぶつかっていった。 幾本もの青白い光の矢と、巨大な赤い光。それらの衝突の瞬間、双方の光の動きが止まった。 短い時間ではあったが、私はこれをチャンスと踏み、この間に私は弱ったフェイトを抱え、その場を離れようとした。 しかし、大きな術と術とのぶつかり合いによって生じた魔力の磁場のようなものによって、 私達はその場から大きく吹っ飛ばされてしまった。私はその時、信じられない思いで現在の光景を目の当たりにした。

「テュルフングの術が消えた……。あの術を、相殺したっていうの?」

 私は独り言ちた。あのような巨大な魔力の塊を、いとも簡単に消し去ってしまうとは……。 フェイトは、やはり疲れが癒えないようで、まだあえいでいた。それにしても、今の術は一体何処から……。

 私は後ろを振り返った。そこには、テュルフングとはまた別の男が一人立っているのが見えた。 肩まで伸びた銀髪に容姿端麗な顔立ち。すらりとした体つきで、革のコートが様になっている、といった感じか。 おそらく彼が、先程の青白い光の放ち手なのであろう。 しかし、あれ程の魔力の塊を相殺したというのに顔色一つ変わっていないというのは驚きであった。

 テュルフングは銀髪の男を見るなり、場が悪そうな顔を浮かべてこう言い捨てた。

「……やはり貴様か。仕方がない。今日の所はここで引き上げることにしよう」

 テュルフングは、何処かへと飛び去っていった。太陽は既に地平線のすれすれの所にあり、 その様子をはっきりと見ることはできなかったが、 辺りを取り巻いていた重たいアトモスフィアが薄くなっていくのを感じ、とりあえずはこれで一安心である。

 ……とはいえ、まだ警戒を解く訳にはいかない。 銀髪の男は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。私は彼を警戒して睨んでいたが、 彼はそんなのもお構いなしでとうとう私の目の前までやって来た。 彼は、フェイトを抱えながらしゃがみ込んでいる私を見下ろすように立っていた。 もう、私には魔力がほとんど残されていない。背筋に緊張が走った。 しかし、その銀髪の男は開口一番に意外な言葉を放った。

「……大丈夫か?」

 私は一瞬あっけにとられた。しかし、彼は構わずその視線をフェイトに移し、さらに言葉を継いだ。

「彼、だいぶ疲れてるみたいだね。まあ、貴方もそうだろうけど。……どれ、回復の術を使うからちょっと待ってな」

 銀髪の男は掌をフェイトにかざした。淡い緑色の光が、フェイトの体を優しく包み込んでいく。 その光に包まれているフェイトの疲れが、みるみる癒えていくのがこちらの目からもよくわかった。 しばらくしてその光が消えた頃には、先程までの疲れた様子はすっかり消えているようであった。 私は、いつまでもこうやって抱えているのもどうかと思ったので、今まで彼を抱えていた腕を解いた。

「……ありがとう」

 私は、不器用ながらも銀髪の男に感謝の意を表した。銀髪の男は苦笑いを浮かべながら言った。

「テュルフングに狙われたのか。とんだ災難だったな」

 辺りはすっかり暗くなっていたが、空に浮かぶ月の光によって、かろうじて彼の影を見ることができた。 この一言を最後に、しばらく会話が途切れて沈黙が続いた。互いに話題を探り合っている感じだ。 初対面の人間と話す時にはよくあることである。沈黙を縫うようにして、風が、びゅうびゅうと吹く音が聞こえてくる。

「そういえば、まだお互い名前を名乗ってなかったな」

 沈黙を破って、最初にそう切り出したのはフェイトであった。

「俺の名前はフェイト・ロス。……で、貴方は?」

 銀髪の男は改まって一礼し、名を名乗った。

「カヲル。カヲル・カムイだ。そっちのお嬢さんは何て言うんだい?」

「私はカイ・ムツキ。まあ、よろしく」

 我ながら無愛想な自己紹介である。カヲルは笑みを浮かべて言った。

「フェイト君にカイさんか。よろしく」

 なかなかの好青年である。どうやら敵ではなさそうだ。私は警戒を解いた。

「しかし、もうすっかり日が暮れちまったな。さっきまであんなに人でにぎわってたのに。ひどいもんだぜ」

 フェイトが寂しそうにつぶやくのが聞こえた。まあ、せっかくの祭に出掛けてこの有様だ。 彼が寂しい思いをするのはよくわかる。

 三人の間に、再び沈黙が置かれた。初対面で互いに気を遣いあっているためであろうか。 しかし、この沈黙は束の間のものであり、しばらくするとカヲルが口を開いた。

「この近くに俺の泊まっている宿があるんだけど、もう暗くなったことだし、よければ一緒に宿まで行かないか?」

 その言葉に、フェイトが答えた。

「……その方がいいかもな。カイ、どうする?」

「そう言ってもらえるのなら」

 今から帰宅しようとしても、おそらく朝帰りとなってしまうであろう。 それならば、ここで泊まっていく方が賢明な判断だと思った。

「では、宿に向かうとしますか」

 カヲルはそう言うと背を向けて、すっかり荒廃してしまった大通りをまっすぐ歩き出した。 私達も導かれるままに彼の影を追った。

 ……これが、私達とカヲルとの出会いであった。 しかし、このことが、後に起こる大きな出来事の発端になることは、この時はまだ知り得る手段がなかった……。



第二話へ

「書き物」ページへ戻る